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2004年7月 3日 (土曜日)

【映画評】アイズ・ワイド・シャット

巨匠スタンリー・キューブリックの遺作となった話題作。

【満足度:★★☆】(初掲:1999年9月8日 映画徒然文集

 巨匠スタンリー・キューブリックの遺作であり、私生活でも夫婦であるトム・クルーズと、ニコール・キッドマンが夫婦役を演じ、過激な性描写も評判となり、話題にはこと欠かない妄想をテーマとした問題作。

 がしかし、これがスタンリー・キューブリックの作品でなかったらこれほど話題になっただろうか。
 筆者自身も、おそらく観なかったであろう。

 ストーリー的にはさしたる新たな発見などない。
 過激な性描写も古典的で、しかも客観的に描かれているので、卑猥なものには感じない。
 ニコール・キッドマンは怪しげで魅力的であったが、トム・クルーズはしっかりトム・クルーズしていて、うまいとも思わない。
 キューブリックはこの作品の編集に1年をかけたというが、ひょっと撮影されたフィルムを見ながら「トムって使えねぇなあ…」と頭を抱えながら寿命を縮めてしまったのではなかろうか。…いや、これは余談。

 とにもかくにも、この作品はスタンリー・キューブリックのブランドがなければ平凡な作品で終わったんでなかろうか。
 もちろん映像的には申し分なく、駄作ではなく、水準は高い。
 ただ、これがキューブリックの遺作というだけで、いろいろと勘ぐらざるをえないのがキューブリックの凄さなのかもしれない。

 なんか、キューブリック自身、遺作のつもりで作ってるように見えるんだけど。一連のキューブリック作品の結末として。
 いつもなら登場人物が狂ったじゃない。なんで狂わないの?それも客の期待をあえて裏切ってみせたのかな?
 あのすべてを見透かしたような神の視点はどこに行ったの?あまりにも平凡でないかい?ほんとにキューブリック自身、この作品に納得できてるの?
 まさか、できの悪さがキューブリックの死因と関係あるとか?
 …などといろいろと思うことはある。

 そこではたと気づく。

 キューブリックは言ったそうだ。「私はこの映画で、幸福な結婚生活に存在するセックスについての矛盾した精神状態を探り、性的な妄想や実現しえなかった夢を、現実と同じくらい重要なものとして扱おうと試みた。」(劇場プログラムより引用)と。
 しかも、「この作品が自分の最高傑作だ」とも。

 今こうして想像していることは、実際に目にした作品世界を越えた妄想、キューブリック作品に対する夢そのものじゃないか?
 それがキューブリックの死、そして遺作という現実とリンクしてさらなる何かを物語ってないか?

 いずれにせよ想像でしかないが、やはりキューブリックは巨匠で、最後の最後までキューブリックでなければ残せない問題作を残してくれたのではなかろうか?

 最後に星は悩んだ末に、2つ半。おもしろいかどうかは置いといて、見とくべき作品だとは思う。

【キャスト】トム・クルーズ/ニコール・キッドマン/シドニー・ポラック/マリー・リチャードソン
【監督】スタンリー・キューブリック 【脚本】フレデリック・ラファエル 【原典】アーサー・シュニッツラー『Traumnonelle』 【製作総指揮】ジャン・ハーラン 【ライティング・カメラマン】ラリー・スミス 【美術】レス・トムキンズ/ロイ・ウォーカー 【編集】ナイジェル・ゴルト
【原題】EYES WIDE SHUT 【字幕翻訳】菊地浩司 【製作年】1999年 【製作国】アメリカ 【上映時間】2時間39分

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» ■〔映画評Vol.8〕『アイズ ワイド シャット』(1999/スタンリー・キューブリック) [太陽がくれた季節]
僕はこれまで、「キューブリック(1928―1999)の撮った映画というものには、人をその映画に向き合う前から既に身構えさせる力がある」と感じて来ました、その感覚は今も変わらぬものです。 また、「キューブリックってそうそう好んで観る気にならないなぁ~」等と口にする僕の妻のようなタイプが存在することも、これまでに少なからず感じて来たものです。 僕に取って、キューブリック映画は「1回、2回、3回ほど向き合っただけでは素朴に好きだ、嫌いだとすら言えないや」ということも有りますね…。 例えば... [続きを読む]

受信: 2005年4月 7日 (木曜日) 22:30

コメント


★かみぃさん、初めまして。

こちらのサイトを知った際、とても新鮮な感銘がありました。
とても広大な世界で容易には掌握できない(^^)豊かさがあり、
密かに驚喜してあちこち拝読している次第です。

先日はこちらにTBをさせて頂き、また、かみぃさんからTBを
頂き大変光栄です!

私事ながら、昨日仲間内で東京は井の頭公園にお花見に出掛け
て参りました、

去年より色づき良く思えた桜を眺めながら、
何か桜が印象的な映画を書きたいな、と思っておりました、
『細雪』(1983/市川崑)など何作品かの桜のあるイメージ
が僕の中に去来したのですが、何か忘れているように思えてい
ました。

日付が変わってから帰宅し、Web上で野村芳太郎監督の逝去
(4月8日)を知りました、『砂の器』(1974)のラストの桜が
とたんにフラッシュバックしました。

享年85歳。
この場をお借りして、
野村芳太郎監督の逝去に深い哀悼の意を捧げます。

投稿 ダーリン/Oh-Well | 2005年4月11日 (月曜日) 03:08

>ダーリンさん
はじめまして。
TBを打たせていただいたときには、たいていコメントも残していくんですが、ダーリンさんの考察があまりに高尚なために、思わず躊躇してしまいました(苦笑)。その節はどうも失礼しました。
こんな、まあ、どこにでもありそうな批評ブログをお目を留めていただきありがとうございます。
これからも稚拙当ブログをよろしくお願い致します。m(_ _)m

投稿 かみぃ | 2005年4月12日 (火曜日) 21:06

★かみぃさん、こんにちは!

拙ブログでお披露目した『アイズ ワイド シャット』
のあれは、5、6回目の鑑賞にして、ようやく言葉が
すとんと形に為っただけで、まだまだ、例えば、キュー
ブリックへのラブ・レター如きものにすら為っていない
なぁ…と自戒しております。((^^;

ただ今回、
少なからぬ方々が、このキューブリックの遺作を真摯に
眼差されたことを実感として知ることが出来たことが
心嬉しく、いまは心安らいだ思いでおります。

******

もう、僕など大雑把な人間なので…、
昨日もコメントにいい加減なことを書いております、
―以下を修正させてください。

×『砂の器』(1974)のラストの桜が
とたんにフラッシュバックしました。

僕は、本作を遅かれきちんとDVDで見直したく思ってい
ますが、
見直すまでも無く、ラストのラストに桜などは出て来
ないですね、

僕は、
丹波哲郎扮する刑事が捜査報告をするシークェンス
に重なる、言うなれば“一大回想シークェンス中”
の春のシークェンスを思い浮かべつつ、間抜けにも
「ラスト」と書いてしまったのです。
―しかもこの春のシークェンスにあるのも桜では無く、
満開の杏(あんず)の花々でしょう。

どうも失礼をいたしました、
これにて修正とさせて頂ければ幸いであります。m(_ _)m

投稿 ダーリン/Oh-Well | 2005年4月14日 (木曜日) 17:47

>ダーリンさん
こんにちは。

>どうも失礼をいたしました、

どうぞお気になさらずに。
実は『砂の器』は未見なのですが、回想シーンの杏(?)を桜と勘違いしている人が多いというエピソードはどこかで読んだことがある気がします。(ダーリンさんのコメントで思い出しました)

個人的には、勘違いも含めて映画鑑賞には良心的な誤解や曲解が付き物で、その結果製作者の意図を越えて愛される映画があることも事実。
それは幸福な記憶がより研ぎ澄まされて美化されて覚えているのと同じで、仮に間違いであってもその人にとっては素敵な思い出になると思います。

だからこそ自分は、製作者側の一人として「いい映画」「ダメな映画」という価値観だけでなく、「好きな映画」を楽しめる観客のままでいたいと願いながらこのブログをやってる次第なのです。

投稿 かみぃ | 2005年4月14日 (木曜日) 20:35

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